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[C1410] はじめまして

いっしゅうさんの所のリンクからこちらへお邪魔させて頂きました。

ドキプリの感想を読ませて頂いたのですが、少し気になった所があったのでコメントさせて頂きますね。

>他作品の様に人っ子一人いない世界、助けるべき相手も、それを喜んでくれる人もいない、独りぼっちの世界にマナが取り残された時、彼女は戦えてたんでしょうか…?いやまぁ、倒せば元に戻るって事で戦いはするんでしょうけど、誰のドキドキも聞こえない世界で戦い続けて、どこまでモチベーションを維持出来るのか…

結論から言ってしまいますと恐らく戦えない筈です。彼女は不要な戦いはしません。それはベールに一騎打ちを申し込まれた際の「貴方を倒したってトランプ王国が元に戻るわけじゃない。貴方と戦う理由なんてない!」からもハッキリしています。
そして、ご指摘された内容というのはつまり映画の内容そのものです。
彼女が戦うのはドキドキとみんなの笑顔を取り戻す為であって、初めからそれらが揃っているのなら幸福の王子と評される彼女が行動を起こす必要性が存在しません。
配るまでもなく最初から愛が溢れている事になるからです。
勿論、それが何者かによって捏造されたモノであり、多くの人の意思を踏みにじった上で成り立つジコチューな押し付けであると気づいたなら立ち上がるかも知れませんが、六花もありすも、まこぴーもあぐりちゃんも、レジーナやおばあちゃん、パパ・ママ・おじいちゃんもいない世界、ラブリンクが存在しない世界でそれに気づけというのは恐らく想像を絶する難易度になる筈です。
それでも気づいて立ち上がったなら、きっと戦ってくれるでしょう。
その時、彼女はツバメのいない幸福の王子という状態から始めなければいけない事になります。
まず自分を縛りつける土台を自力で破壊し、自らを削ぎ落としながら愛を配る事になりそうですね。
  • 2014-02-12
  • 貝中生
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[C1411] Re: はじめまして

> いっしゅうさんの所のリンクからこちらへお邪魔させて頂きました。
 今日は。
 わざわざこんな僻地まで御足労頂き、更に、長い感想を読み、その上でコメントして下さり、本当に有り難う御座います。<(_ _)>

> >他作品の様に人っ子一人いない世界、助けるべき相手も、それを喜んでくれる人もいない、独りぼっちの世界にマナが取り残された時、彼女は戦えてたんでしょうか…?いやまぁ、倒せば元に戻るって事で戦いはするんでしょうけど、誰のドキドキも聞こえない世界で戦い続けて、どこまでモチベーションを維持出来るのか…
>
> 結論から言ってしまいますと恐らく戦えない筈です。彼女は不要な戦いはしません。それはベールに一騎打ちを申し込まれた際の「貴方を倒したってトランプ王国が元に戻るわけじゃない。貴方と戦う理由なんてない!」からもハッキリしています。
> そして、ご指摘された内容というのはつまり映画の内容そのものです。
 どうやら、こちらの記述に不備があった様なので、幾つか捕捉させて下さい。
 まず、僕が提示した「独りぼっちの世界」ですが、具体的な前提として、プロトジコチュー戦である事を付け加えさせて下さい。

 プロジコ戦において、プロジコが何らかの方法により、地球の生命とキュアハート以外のプリキュア全てを抹殺した。

という事になります。

 これを踏まえて頂ければ、彼女が戦わなければならない理由や、彼女が置かれた状況が映画とは違う事を、より正確に御理解頂けると思うのですが、いかがでしょうか?

 少なくとも、愛は溢れていませんし、持久戦になっていると思われます。
  • 2014-02-12
  • jima
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私に届け!ユアビターハート!

 ↑マゾっぽい。

 以下の文は、僕が「六畳半のすごし方」さんの掲示板に投稿する予定だった、ドキドキ!プリキュア最終回を見た時の感想です。

 当然ネタバレです。後、クソ長いです。その他諸々踏まえた上でご覧下さい。
自分「結局愛って、それを愛と判断する他者がいないと愛にならないよなー。」

愛様「ジコチューって、我儘を言う相手がいないとジコチューでいられないんだよ!」

フライングジャンピング三回転半捻り土下座!!!m(_ _)m

 …逆転の発想って、傍目に簡単そうに見えても気付かない時は全く気付かないもんですねぇ…こういう落とし方で来るとは夢にも思いませんでした(汗笑)。
 まー自分の場合、最大のモチベーションが嫌悪感なので、気付かなくて当然なんですけど(苦笑)。
 ただ、こういう「どくさいスイッチ」理論ってのは謂わば極論なので、プロトジコチューの様な純度が高い存在にしか通用しない気もします。これが夜神月とかだったらこうはいかない(苦)。自分のジコチューに必要な者は生かし、不必要な者は消す人ですから(汗)。
 具体的には、横入りをする時に嫌がる人は残し、進んで順番を譲る人は消すという感じ。

>愛の器とジコチューの器
 ハートキャッチ辺りからプリキュアのラスボス戦は概念vs概念の構図になっていってる様に感じます。敵が概念なのは初期にありましたが、近年はプリキュア最終形態の概念化が進んでいるのでは?と。
 …いや、どこぞの安楽死推奨魔法少女神ぢゃなくて(汗)。(あれは個人の願望が概念化したものであって、自分の考えるプリキュアの概念化とは真逆のベクトル。)

 何とゆーかあの力は相田愛の思いの力というより、相田愛に向けられた人々の愛情の力という印象を受けるのです。って、これは自明ですね(汗)。
 んーと、相田愛のプシュケーが黒くならなかったのは、黒だろうがピンクだろうが彼女の言動は変わらないという意味にも取れるんですが、自分はこれを「マナの言動に対する世界のジャッジ」であった様に思いました。人々が彼女を愛だと感じるか、ジコチューだと感じるかの戦い。無粋な言い方すれば、多数決で勝っちゃったんですよw彼女ww

 …流石は未来の総理大臣、民主的に勝ちに来たな。(爆)

 相田愛の強さ(メンタル含む)の秘密は、そんな「誰かが喜ぶと自分も嬉しい」という「他者の肯定からくる自己肯定のフィードバック」にあると考えます。
 逆に、他者からの支持(内在化されているものも含む)を完全に失った時、彼女は非常に、脆い。
 現に、自分を愛してくれる存在の喪失や、自分に向けられた強烈な敵意等、他者からの愛を感じられなくなった時に彼女の弱さは露呈してます。
 ある意味、この作中で一番「愛」をエネルギーとして必要としていたのは彼女なのかも知れない。「愛」が供給され続ける限り無尽蔵に頑張る事が出来るけど、「愛」を見失えば彼女は誰よりも弱く、戦えない。漲っているのは彼女の愛だけでは無くて、彼女に注がれている愛でもあったのではないのかなぁと。

 今回世界が滅びなかった理由もその辺にあるのかも。他作品の様に人っ子一人いない世界、助けるべき相手も、それを喜んでくれる人もいない、独りぼっちの世界にマナが取り残された時、彼女は戦えてたんでしょうか…?いやまぁ、倒せば元に戻るって事で戦いはするんでしょうけど、誰のドキドキも聞こえない世界で戦い続けて、どこまでモチベーションを維持出来るのか…

 そういう意味では、リヴァグラ戦の時の方がラスボス戦の時より状況は悪かった訳ですね。しかし、勝っている。この矛盾点の解消の為に「六畳半のすごし方」さんの感想を参照したところ、相田愛は自分で自分を愛する事が出来ているから、独りになってもブレる事が無いんだそうです。
 「愛されているから愛さなければならない」という発想では、確かに理屈には合っていても、感情には合わない感じがしますし、破綻する気がします。行き過ぎた義務感や責任感に繋がるようにも感じる。

 責任感で自滅した人といえば、作中ではアン王女が代表的ですが、父への愛、世界への愛の他にもう一つ残った「アイ」ちゃんとは、岡田と育んだ愛(娘)である他に、自分自身に向けられた愛であるという考え方が出来てしまいますね。
 確かに、自分で自分を愛していない人が、自らの子孫を残したいとは思い難いと思います。また、別の考え方として、赤ん坊として転生する事で失われた自分自身への愛を再生させている様にも見て取れます。「産まれて来なければ良かった」という思いを「産まれて来てくれて有り難う」という思いで癒して行こうとしている。
 そう考えると、アイちゃんが一年経ってもレジーナや亜久里の様な成長の仕方をしなかった事についても辻褄が合います。レジーナと亜久里を創った愛は、王女が最後まで失わなかった愛であるから、アイちゃんとの差別化が発生した訳ですね。

 ところで、この「自分自身への愛」とは、バッテリーみたいな充電式なのか、切欠となるエネルギーが与えられれば無限に湧いてくる永久機関なのか…
 個人的には、永久機関化したら彼女の中の様々なものが、停止してしまう様な気がします。
 手がかりとしては、記憶喪失時に失われる記憶と失われない記憶が関係するかも。エピソード記憶やら何やらの、どれに自己愛は分類されるのか?…記憶失っても強いプリキュアとか、もうプリキュアじゃない気ぃしますが(汗)。

 後、単に「世界」が「滅びる」より、「自分の町」が「壊れる」様の方が、見ていてズキンと来るものがありますね。

 そんな、他者から、他者へ、自身への三つの愛をダイレクトにフィードバックしてしまう彼女だからこそ、最後に「愛の器」として選ばれたのではないかと思います。
 そして、そんな彼女の素直過ぎる感受性は、幼い子供の純真無垢さのメタファーの様にも思えます。

「どうかお子さんが何かしたら、しっかり反応して愛を注いであげて下さい。そうすれば、お子さんはこんなにも素晴らしい女性になれるんです。」

そんな感じの事を言われた気がしました。

 そう考えると「誰かが喜ぶと自分も嬉しい」とか何たりめーの事言ってんだよ。それでそこまで出来りゃー誰も苦労しねーんだよ。とか思ってましたが(苦笑)、そんな当たり前の動機が、実は物凄く切実なものである様な気がしてきます。

 んで、ジコチューの器となったベールさん。
 これも、単なる実力不足で取り込まれたというより、多数決で否決されちゃった感があるなぁ…wジコチューがジコチューを制御するのって、エゴの押し付け合いなので、誰かの下で一つになれる訳無いんですがw…そう考えるとプロトジコチューが一個の人格として成立しているのが不思議に思えて来ます(汗)。

 一部の捻くれてる人達がよく言う言葉に「絶対に諦めない。とか、信じていれば必ず願いは叶う。とか言うけどさ、それを極悪人が言い出しちゃったらどうすんだよ?」ってのがあります。確かに諦めない事も、願いを信じる事も、それ自体はその人の善悪関係なしに出来てしまう事です。
 ならば、そんな同じメンタルの強さを持った者同士が根競べをした場合、最後に相手を根負けさせるのは何なのか?
 それは、他者との関係の捉え方にあるのではないのかと思います。

 他者を拒絶したり利用したりする人は、最後の最後で自分一人の力で戦わなければならなくなる。一方で、他者に愛され、他者を愛する人は、最後の最後で愛する人に想いを馳せる。そこには適度な責任と、必要とされる喜びと、自己肯定の補強と、安心感がある。

 だから、ブレない。ブレようがない。

 …嫌な言い回しをすれば、負ける方には負ける自由が、勝つ方には勝つ不自由があるから、そういう結果になった。とも言えてしまいますが。

 こういう同等の信念のぶつかり合いの勝敗を決するのが、「多vs個」である。というのは、結構昔から描かれてたりするんですけどね。

「俺の体を皆に貸すぞ!」とか
「皆の力がガンダムに!」とか
「地球が駄目になるかどうかの瀬戸際なんだ!やってみる価値ありますぜ!」とか
「俺はこの学校の全員と友達になる男だ!」とか
「強者なんていない!人類全てが弱者なんだ!」とか
「世界が我らを黙殺するから、我らは世界を滅ぼすのだ!」とか
「ビープレートの代わりに俺達を差し出す!」とか
「ゲイナー!俺の声が聞こえるか!」とか
「ゼロムス…負ける訳には…いかない!」とか
「俺達は太陽と一緒に戦っている!」とか…
(キリが無いので止めます。爆)

 そういう意味では、古典的であるとも言えると思います。ってまぁ、ドキドキはその古典の料理の仕方が上手いってのは前にも書いた事ですが。

>女の子は誰でもプリキュアになれる
 僕流に言えば「女の子は誰でもレジーナになり得る」になります(爆)。
 レジーナの置かれた環境というのは、一見物凄く大きな問題を抱えた特殊で近寄り難い環境に見えます。しかし、この作品はそれに否と答えている様に僕には思えました。

 「どんなに特異な環境で苦しんでいる子がいたとしても、その子が感じている苦しみは未知の理解不能で手の届かない苦しみなどではなく、あなたも感じた事のある、感じる事の出来る身近な苦しみなんだよ。だから怖がらずに手を差し伸べて。きっと心が通じ合うから。」

 過去と未来に引っ張られて身動きが取れないマナ。親に遠慮や義理立てをしてしまう六花。親と友達が不仲なありす。普通の家族を知らないまこぴー。自分の大切なものを壊そうとされる亜久里。それ以外にも様々な仮想レジーナが登場し、その問題を解決していく本作を見て、そう言っている様に感じたのです。

 僕がドキドキで凄いと思うのは、この様な「問題の一般化」が非常に上手いところです。そしてそれは、相田愛のものの見方にも表れています。
 彼女は自らの主観で相手の存在を大きくしたり、小さくしたりしない。誰であっても、何であっても、自分と同等として捉え、同等として扱う。
 恐らくこのスタンスは、彼女が今までの人生で人助けとして大小様々な問題に関わり、解決して来たという積み重ねによって身に付けられたものだと思います。
 この「問題の一般化」による共感が、強固な人間関係や、冷静な判断力、粘り強さ、柔軟性等の、相田愛が示した「プリキュアとしての力」なんだと思います。
 つまり、プリキュアの偉業は一般化可能であり、一般化するからこそ、そんな途方もない偉業を成し遂げる事が出来るという提示なんだと思います。

>ドキドキ!プリキュアにおける奇跡の存在
 この世に存在する数多の物語がそうである様に、ドキドキにおいても幾つかの奇跡が確認されています。しかしドキドキの奇跡は、「別にもうそれなくても何とかなんじゃね?」という様な状況になってから発生しているのが、中々興味深いところです。
 これは、プリキュアの心の成長に応える形で奇跡が顕現しているからであり、こうしたこれまでの積み重ねの結実というのは、ドキドキに限らず全てのプリキュアにおいても、更に言えば女児向け作品全体においても、描かれる事が多い印象があります。
 反面男児向け作品では、まず何がしかの力が与えられ、その力に相応しい心に成長していかなければならないという描かれ方をしているのも興味深いところですね。仮面ライダー鎧武での「力を手に入れれば大人になれるのではなく、子供でいられなくなるだけ」という言葉もそれをよく表しています。

 そんな「必要ない奇跡」だからこそ、プロトジコチューに対して、ああいう決着のつけ方が出来たのだと思います。もっと言えば、止めは必殺技後のキュアハートの語りかけなので、必殺技すら要らなかったと言えるでしょう。

 …つーか…何で…あのシーンのキュアハートの仲間の中にレジたんがいなかったんですかねぇ~…東映さん?
 大人かッ!!!大人の事情なのかッッ!!!!!!?(血涙)
 そんな大人ッ!!!修正して(ry


 その影響か、ドキドキでは唐突な展開というものも殆ど無かった印象がありますね。

>一万年と二千年の初恋

 「この時代での我らの役目は終わった。もうこの時代に我らの居場所は無いのだ…」

…ってなノリでカッコ良く退場していったジコチュートリオさんですが、彼らのこれまでの言動から察すると、

 「いやー、何か寝付けないから起きて来ちゃったよ。つーか、よくよく考えたら自分ら眠らされた事はあっても、自分から眠りについた事無かったから、眠り方分かんないわw」

とか言いながら、後80年位その辺ウロウロしてそうなんですよねぇ~(笑)。一万分の八十なんて、誤差だわ誤差。

 プロトジコチューは概念系ラスボスとしては珍しく、浄化後が描写されているのが印象深いですね。大量のプシュケーとなって人々の中に帰って行く様は、「戦っていたものは何だったのか?」を実に明確に表現しています。
 そして、浄化されてもその本質は変わらず、今後も存在し続けるジコチュートリオ。ジコチューもジコチューで継承されて行くのですが、個人的に彼らの様な存在は、人類に必要不可欠なものだと思っています。
 具体例としては、人工知能学会誌の表紙問題というのがあって、この一件で僕は人工知能等についての造詣を深める事が出来ました。
 こういう間違いを定期的に犯してくれるからこそ、人間は前に進む事が出来るんだと思います。そう思えば、この一件は決して「無くさなければいけないもの」ではないと思えるのです。
 「ジコチューは無くなってはいけないもの」。彼らには今後も人間を唆して行って欲しいと思います。イーラきゅんはそこそこで引退しても良いと思うけどな!

 つか、何でネズミかと思ったら、ジコ「チュー」だからなのなwww

>幸せの王子が「求められる」という事
 結局、自己アピールの差かなと。人知れない善行は不具だと思います。
 「求める」人がいるから「与える」人は活きられるというか。求められない「与える」も、与えられない「求める」も、寂しくて虚しいだけです。
 それに、普通に考えてみれば、貧乏人にしてみりゃ豪華な「王子」の像なんて、権力誇示にしか見えませんし。忌々しいだけですよね(苦笑)。
 良い事してるなら、良い事してるってちゃんと言わなきゃ。そうで無くともコミュニケーション取らなきゃ。誤解で身を滅ぼしてちゃ世話無いです。

「あたしは大貝第一中学生徒会長、相田愛よ!」

そう高らかに宣言し続ける限り、彼女の「愛」は滅びない。

>生天目仁美さんについて
 生天目さんは近年のトライエース作品でヒロイン役等をされており、僕が認識している数少ない声優さんでした。
 そんな彼女(トライエースはメジャーな声優は使わない←失礼)だからこそ、今回の起用のエピソードは印象に残ってました。
 それから一年…47話ラストの「愛だよ」の上手さに、彼女の演技力や、この一年の成長、その他諸々が凝縮されてた様な気がして、素直に感動出来ましたね。
 「プリキュアで主演」は成功を全く約束するものでは無いのだけれど、今後のご活躍を陰ながら応援しております。

 そーいや、相田愛って黒神めだかとキャラ被ってるわりに、それを指摘する感想はあまり見かけなかった気がしますねー…

>ありすについて
 花屋の話は「問題の一般化」の上手い応用例だなと。「花屋になりたい」を「自分が良いと思うものを、人に届けたい」と一般化して、そこから「掛け替えの無い命を守りたい」と昇華、具体化してます。
 相田愛の一般化と、ありすの応用発展という、二人の知性が存分に発揮された、見事なコンビネーションだと言えると思います。

>まこぴーについて
 最後の個人回の後は空気まっしぐらだと信じていたのに…そのまま最後まで良い役を貰い続けるという偉業を達成。ドキドキの裏主人公ってまこぴーじゃね?という意見も頷けるってもんです。
 いやいやちょい待て、裏主人公ゆーたらレジーナだろが?!光と影の相剋なら本来の主役は亜久里!!何お前ダイターン3の系譜の上に四葉財閥が立っているって事が何故分からん!!!永遠の二番手キャラが主人公の話って王道じゃないですかやだー!!!!
 …そんな脳内論争。(笑)

 これ、相田愛ってターミナルがいなかったら、今頃舟が山に登ってたんじゃね?ってな位の各キャラの主役っぷりw
 それぞれが主役を張れる自分の世界を持っているだけに、相田愛のチートさも、相田愛以外の仲間との絡みの少なさも、必至であった様に今では思えます。

>レジーナについて
 制 服 姿 俺 超 歓 喜 !
 スタッフは…スタッフは…分かってくれていた…レジーナプリキュア化を切に願っていた僕らの真意を…誰よりも分かってくれていた…(感涙)
 それは制服!世界制服!!制服姿が見たかったんじゃぁぁああぁああぁああああ!!!!
 …え?プリキュアの衣装?あんなのはただの飾り…とまではいかなくとも、デフォの衣装が既にプリキュアっぽいですしおすし。
 ただ欲を言えばスカートの下が見えなかったのが残念…
 …いやいや、スカートの中じゃなくて、靴下の話。あの制服に何時もの黒タイツは流石に合わんでしょう。ニーソか!ハイソか!?どちらにしろ、レジたんのおみ足を拝みたかった!!!
 因みに、スカートの中に赤いスパッツとか履いててくれたら、愛と幸せが満ちます。主に僕の中に。

 登場時の外見年齢のまま、イメージが固定されていたので、亜久里と同い年という事は完全に失念。
 まぁ、あれでまだ一歳とか言われても、対応に困るだけですし。義務教育なら、九九とか出来なくても卒業できますし。本人の希望優先でイケるんじゃないでしょうか。
 厄介なのは「マナと同じ高校行くー」とか言い出した時ですけど…まぁ、皆で勉強見てくれるはず…あ、まこぴーは仕事忙しいから、無理しなくて良いです。
 都合が良いのは、アン王女の知識を引き継いでいるって設定だったらですけどねー。あー、他の皆もマナと違う高校行くだろうし、それに感化されて、自分の進路を真剣に考えだす線も…いかん…妄想が暴走し始めたw

 つか、あのリボン、やっぱり校則に引っ掛かるのなww

>二階堂君について
 映画の宣伝の時に、「こいつはマナの嫁候補(誤植では無い)の映画限定の新キャラかー。」とか思いました。でも謝らない。
 そん位、影薄かったです。下の名前も無いし、普通に見てたら純君か副会長ですよねぇ。
 それ故に、映画以降ちょいちょい存在感アピールし始めてても、無駄な努力感がハンパ無かったのですが、この短時間の露出で、中々良いキャラを立ててくれました。
 個人的にスゲーと思ったのが、彼が相田愛を「マナ」と下の名前で呼び捨てにしている事。
 思春期真っ只中のDT少年が、幼馴染とはいえ大して仲も良くない才色兼備のスーパーウーマンに、距離を感じない訳がない!!!!
 良くて「相田」、普通は「生徒会長」になるところでしょーが。少なくとも僕は名前で呼べません。(ヘタレ)

 こいつも中々にブレないというか、メンタル強そうですね。今後、相田愛がどんなになっても、彼にとって彼女は「マナ」なのでしょう。
 恋愛対象とかは別にしても、相田愛を大きくも小さくも見ないその姿勢は、六花達と同じく彼女の支えになっていくと思えます。数年後ばったり会っても、特に驚くでも抵抗があるでも無く、自然に会話が成立する感じ。

>岡田について
 戦闘におけるヘタレを、政治的手腕と結び付けて見る短絡的な人がいなくて良かったな!!
 この人、多分家系とかで戦士やってただけで、本来は文科系の人なんだと思います。だから、納まるべき所に納まったという印象ですね。
 仮に、政治的手腕もヘタレだったとしても、指導者はそこそこ優秀位が丁度良いと思ってますので、何とかなるんじゃないかと。その為の共和制だと思いますしね。
 ここで、個人が背負うべき適当な責任の大きさについても考えてみたいのですが、「問題の一般化」から離れていくので止めときます。

 それにしても…あの若さで婚約者に入籍前に死なれたにも関わらず、しっかり忘れ形見付きとか、何気に過酷な環境ですよね(汗)。権力も握っちゃったし、早々に後妻娶るルートが目に浮かんでしまいます…
 彼も彼で、老成しているというか、飄々としているので、そういうストレスには負けずに、アンとの愛を生涯貫くとも思えますが、さて。

>ハピネスチャージに思いを馳せる
 その後、トランプ王国では四葉財閥の全面協力による「プリキュア力学」が発足。それにより、妖精の地位の向上、出生率の増加等が発生。
 更に、プリキュア力学の研究の成果と四葉財閥の技術提供により、変身アイテムの量産化に成功。プリキュアは適性試験の合格によって与えられる国家資格の一つとなっていった。

 …そして、数十年の時が流れた…

 かつて無い脅威が、今、世界に襲い掛かる!しかし、それは、新たな世代の胎動でもあった!!
 新番組「ハピネスチャージプリキュア!」

 「新商品は出ているか!?」

 ドキドキの先には何があるのか…?
(新番組告知:光岡湧太郎)

 こんな番宣が流れても違和感が仕事しない件についてwww

 「問題の一般化」というのは「六畳半のすごし方」さん風に言えば、「日常と非日常の境界が曖昧になる」という事。
 非日常が日常に影響を与え出した事を鑑みるに、今後、日常の問題をプリキュアの力を使って解決するというエピソードがあるかも知れません。(変身カードに普通の職業人の服もあったし)
 …って、昭和のバトルの無い魔法少女物は、寧ろそっちがメインだったんですけどね。(汗)

>総括
 結局、僕がここまでで学んだ事というのは、「何が見えるか?」では無く「どの様に見えるか?」という事ですね。
 つまりッ!
 スカートの中がパンツだろうがスパッツだろうが関係ない!!!
 そのアングル!ポーズ!!ボディライン!!!
 そこにこそ、真のエロスが宿るという事だ!!!!
 さぁ、戦え!プリキュア!!そこには心配も不安も恐怖も無い!!!何故ならそこには、スパッツがあるからだ!!!!
 スパッツが君達を守ってくれる!!!心置きなく前へ進み続けるが良い!!!!


…そういう事です。(悟)

>文体診断ロゴーン

文章の読みやすさ D 一文がやや長い

文章の硬さ B 文章がやや硬い

文章の表現力 C 平均的な表現力

文章の個性 B 個性的

 これで5,000字超えてねーとかスゲーなww
 思ったより平凡な結果になりましたねぇ…
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いっしゅうさんの所のリンクからこちらへお邪魔させて頂きました。

ドキプリの感想を読ませて頂いたのですが、少し気になった所があったのでコメントさせて頂きますね。

>他作品の様に人っ子一人いない世界、助けるべき相手も、それを喜んでくれる人もいない、独りぼっちの世界にマナが取り残された時、彼女は戦えてたんでしょうか…?いやまぁ、倒せば元に戻るって事で戦いはするんでしょうけど、誰のドキドキも聞こえない世界で戦い続けて、どこまでモチベーションを維持出来るのか…

結論から言ってしまいますと恐らく戦えない筈です。彼女は不要な戦いはしません。それはベールに一騎打ちを申し込まれた際の「貴方を倒したってトランプ王国が元に戻るわけじゃない。貴方と戦う理由なんてない!」からもハッキリしています。
そして、ご指摘された内容というのはつまり映画の内容そのものです。
彼女が戦うのはドキドキとみんなの笑顔を取り戻す為であって、初めからそれらが揃っているのなら幸福の王子と評される彼女が行動を起こす必要性が存在しません。
配るまでもなく最初から愛が溢れている事になるからです。
勿論、それが何者かによって捏造されたモノであり、多くの人の意思を踏みにじった上で成り立つジコチューな押し付けであると気づいたなら立ち上がるかも知れませんが、六花もありすも、まこぴーもあぐりちゃんも、レジーナやおばあちゃん、パパ・ママ・おじいちゃんもいない世界、ラブリンクが存在しない世界でそれに気づけというのは恐らく想像を絶する難易度になる筈です。
それでも気づいて立ち上がったなら、きっと戦ってくれるでしょう。
その時、彼女はツバメのいない幸福の王子という状態から始めなければいけない事になります。
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> いっしゅうさんの所のリンクからこちらへお邪魔させて頂きました。
 今日は。
 わざわざこんな僻地まで御足労頂き、更に、長い感想を読み、その上でコメントして下さり、本当に有り難う御座います。<(_ _)>

> >他作品の様に人っ子一人いない世界、助けるべき相手も、それを喜んでくれる人もいない、独りぼっちの世界にマナが取り残された時、彼女は戦えてたんでしょうか…?いやまぁ、倒せば元に戻るって事で戦いはするんでしょうけど、誰のドキドキも聞こえない世界で戦い続けて、どこまでモチベーションを維持出来るのか…
>
> 結論から言ってしまいますと恐らく戦えない筈です。彼女は不要な戦いはしません。それはベールに一騎打ちを申し込まれた際の「貴方を倒したってトランプ王国が元に戻るわけじゃない。貴方と戦う理由なんてない!」からもハッキリしています。
> そして、ご指摘された内容というのはつまり映画の内容そのものです。
 どうやら、こちらの記述に不備があった様なので、幾つか捕捉させて下さい。
 まず、僕が提示した「独りぼっちの世界」ですが、具体的な前提として、プロトジコチュー戦である事を付け加えさせて下さい。

 プロジコ戦において、プロジコが何らかの方法により、地球の生命とキュアハート以外のプリキュア全てを抹殺した。

という事になります。

 これを踏まえて頂ければ、彼女が戦わなければならない理由や、彼女が置かれた状況が映画とは違う事を、より正確に御理解頂けると思うのですが、いかがでしょうか?

 少なくとも、愛は溢れていませんし、持久戦になっていると思われます。
  • 2014-02-12
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