何やら物議を醸し出しているエウレカセブン最終回ですが、そういう事なら、折角だからうちも何かしようという事で、 エウレカセブン最終回1時間スペシャルを徹底的に肯定的に捉えてみよう! という事をやってみる事にしました。
まぁ、自分のリアルタイムでの感想も、圧倒されてただキャプ撮りまくって、勢いに流された感があるので、考えを整理するいい機会かなと。
・崩壊する楽園 絶望病患者に降り注ぐ死。指令クラスターがなくなった事による、スカブの覚醒=くだんの限界の回避という解釈は合っていると思います。 絶望病患者がビーコンみたいになっているのは、スカブにとって現状の一番の対話の相手が絶望病患者だったからですね。言い換えると、スカブにとって一番身近な人間の世界との接点が絶望病患者だったからだと。
 んで!問題のこのシーン!! あいにくこの回は見過ごしてしまっているので、滅多な事は言えないんですが、様々なブログを見てきた感じ、このウィルという青年、スカブ共生派というより、スカブ同調派なのではないかと思うんですよ。 晴耕雨読の世捨て人じみた生活。これが共生の答えだとはちと考えにくい。 なぜなら、人類の大半はレントンの様な文明人であるわけで、人類全体がウィルのような生活をするのは無理というものです。 彼が、何処か死を匂わす台詞を言う事からも、今回の事が無くても、いずれはウィルもマーサもスカブと融合という答えを出したのではないかと思うのです。 もっと端的な言い方をすれば、これが共生の答えだったら、モーニンググローリーでエウレカセブン終わってるだろ。という事です。勿体つけまくる作品だけにね。
・家族一緒に指令クラスターになる。 第4クール全部使って病める時も、健やかなる時もこの家族全員で乗り越えますか?的な事をやってきたので個人的には違和感なし。 あえて理屈をつけるなら、この面子、半分家族で残りのもう半分は対等な仲間という位置付けにいるのではないかと。 最後までGXネタでほんとーにすまん(汗)が15歳は半分大人で半分子供です。 そこから察するに、レントン一家は保護し保護される家族という関係であると同時に、お互いに支えあう仲間であると言えます。
 凹むのが仕事のレントンがエウレカキッズに慰められてる所とか良い例です。 ここで言われているニルの使命ってのは、ちとよく分からん。スカブに融合したものを全てつれて別の宇宙に行く。と言うのが最終的に悟りを開いたニルの答えだったわけだけど、この時点ではなんとも。ニル自身分かってないのかもしれないしね。
業が何たらかんたら
 セラピストに聞かなきゃ分からん精神状態の人の戯言はこの際一切無視。物的証拠だけを見て判断しましょう。 ノルブがコンパクドライブを埋め込む事を卑下していた様に、コンパクドライブを埋め込んだだけでは何の意味も無い。強いて言えば、スイッチ程度の役割しかないわけで。 そのスイッチが入る事による、自壊プログラムの作動による世界の崩壊をも含めて言っているのならまんざらデタラメばっかじゃなかったかもって程度。 自分の命がスイッチって辺りには、やはり贄の王への執着があったんでしょうね。
・「大佐は綺麗だと言ってくれたんだ!」 デューイの大嘘極まれりって感じ?ワルサワで絶望病になった難民は研究所送りにして、残った子供は、自分と同じく世界を呪っている事から、心理的に操作しやすいと考えて拾ったのでしょう。 その子供たちの行く末ですが、自分は楽観しています。1大テーマとして変化があるエウレカセブンですもん。変われない訳が無い。
・最後の最後まで凹むレントン
 これはね〜、もう、第3クール後半辺りから、製作スタッフはレントンのすぐ地雷を踏む&すぐ凹む性格を直す気は無いって分かってましたから。 成長すべき短所ではなく、個性という位置付けなのでしょう。
・光通信
 最もシンプルなコミュニケーション手段かつ、現代の最新技術。エウレカセブンらしいチョイスだと思いますよ。
・指輪をじっと見る
 レントンが心の中のチャールズ&レイと会話する時のツールですよね。ライフルの方が分かりやすいんだけどかさばるからねぇ(苦笑)。かと言って指輪だとインパクト弱すぎて印象に残り難い。難しい所ですな。 台詞からも分かるように、この時既に、レントンはエウレカと一つになる事を決意していたと思われますね。 後、抗体コーラリアンが出てきた所で、もう一度指輪を見ていましたが、これは戦う決意を固めたって事でしょうねぇ…
・今度は置き去りエウレカキッズ
 まぁ、コスチュームチェンジで大人の割合が増えたって事でしょう…(汗)
・ニルヴァーシュの最終形態
 ま、ダサいというのは置いといて… これは、ニルをどういうマシーンと捉えているか、って所によると思います。 因みに、僕は、搭乗者、或いはマシーン自体の、成長や強い思いをフィードバックする事により、桁外れの現象を引き起こすマシーンだと思っています。(セブンスウェル、希望の光、飛行形態、最終形態ってな感じで。) つか、この挿入歌良いな〜。どっかで買えないかな〜?
・抗体コーラリアン殺し これは、レントンとエウレカの愛情表現の仕方によるものだと思われます。 二人の愛情表現。それは、エウレカの人間願望然り、レントンの左腕腫らし然り、自分を相手に近づける事であると思われます。 そこで、現時点で二人の対等でない部分。それは相手の同族に対する大量殺人。この点でレントンはまだまだ奇麗過ぎる訳です。 そんな訳だから、
 これでお揃いだね!エウレカ!!って事なんじゃないかと…(汗) 抗体コーラリアンの死骸が、地球の衛星軌道上にある辺り、他の含みがあるのかもしれませんが。
 ってあれ?ニル自身からも出ている?何なんでしょ一体。
コーラリアンをやめる&人間をやめる。 これが二人の愛情表現である事は、上で述べたとおり。 で、やめて何になるのかなんですけど、コーラリアンである事を拒絶し続ける事によって、自壊プログラムをせき止めているって事なんじゃないでしょうか。 だから、最後に「耐えられる」という台詞が来たんじゃないかと。
・半分はニルと共に行く 単純に、指令クラスターないから、スカブが現時点での目覚めを得た事によるくだんの限界の回避でしょう。 と、思ったら、どうやら、スカブと融合した人はクダンの限界の数に入らない模様。 じゃあ、なんでわざわざ連れて行く必要があったのかって問題が出てきます。僕は出てきた結論のメリハリをつけるためだと思っていますが。 スカブ融合派とスカブ共生派は別に対立する存在でもないですから、無理に対話の場を設ける必要も無いですし。 まぁ、全部つれてく訳じゃないから、共存の可能性はまだ充分にあると思いますよ。
・何故そこでアクセルのキャラを立てる? 第3クールで役目が終わっちゃったキャラはバッサリカットしたくせに、何故そこでアクセルのキャラを立てる?!ってな感じですが、理由はちゃんとあるんですよ。コレ。 例えば、レントン一家が揃って帰ってきた場合を考えてみてください。 メカニック業はレントンがやっちゃう。家事はエウレカがやっちゃう。暇ができたからひ孫達の面倒を見ようかと思いきや!ゲッコーステイトという閉鎖環境で育てられたエウレカキッズは当然人見知りが激しく、初対面のアクセルにはなつかない!!!! こうして、居場所をなくしたアクセルは、やがて、たどり着く…彼方なる 老 人 ホ ー ム に ! ! うわ、これ、メッチャバッドエンドやん。マジまずいって!! んで、その展開を回避するため、キッズとレントンが過ごしたのと同じ一年間を、キッズにとって初対面のアクセルと過ごさせたのではないでしょうか?(笑)
・最後の月
 サブカルチャー、特に、ゲームなんかやってると、個人が世界の命運を勝手に決めちゃうって場面に遭遇します。その良し悪しは兎も角、サブカルチャーでは時に個人の意思が世界の意思として扱われる事があり、エウレカセブンはその手法を選んだのではないかと。 つまり、あの月の意味は、こちらの宇宙での共存の方向性、未来のメタファーになっているんですね。 つまり、レントンとエウレカがラヴラヴだから、人類とコーラリアンもラヴラヴと言う事なのです。 だったら最後の広場に、人間とコーラリアンのアベックばら撒くぐらいすりゃ良いのに…ま、一年目はまだまだ序の口ってとこかな?
・ラストシーン
 勘違いしてる人もいるようですが、森林、海に映った月、湖面に映った光信号から察するに、レントンとエウレカが今いる場所は、地球の下の大地の湖畔(レントンが腕腫らした湖畔かも)の傍ですので。 つか、一年経っても、帰る目処が全く立ってないのには流石に呆れるが…新しい家族作ってる訳でもあるまいし… つか、ホントどーやって帰るんでしょうね?スカブの大地まで。
ホランドがどうなったかは、人それぞれのお好みの結末を想像して下さいってとこかな?
てな感じで、オシマイっと。 テーマ:交響詩篇 エウレカセブン - ジャンル:アニメ・コミック
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